情報の過食と偏食は防げるか

概要:インターネットは情報流通の拡大と多様化に貢献した。しかし、ソーシャルメディアの流行や、ネットメディアのパーソナライズ化により、私たちの摂取する情報は無意識のうちにどんどん増加し、かつ偏りを増している。

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まずはこの猫の動画をごらんいただきたい。2008年の動画だが、私はすこし前にTwitterのタイムラインで流れてきて知った。二匹の猫がリング上でじゃれあっており、たいへん愛らしい。

最後まで視聴されただろうか? これであなたの貴重な一分間は失われてしまった。

世の中にはこのような情報がたくさんある。楽しくて、愉快で、ニヤリとしたり、クスクス笑ったりするような情報である。それは猫動画であったり、照英がなにかをしているコラージュだったり、終わりなきハッシュタグ大喜利だったりする。あるいはどこか海外でのびっくりニュースであったり、うどん県がうどん県と開きなおった話であったり、男女のすれ違いをうまく書いた小話であったり、ネタスレやクソスレや釣りスレのまとめだったりする。

もちろん、インターネットにはもっと上質な情報もある。大手のニュースメディアは、なんだかんだ言っても、良質な情報を引き続き無料で公開している。あるいはTEDのように、無料とは思えないほど素晴らしいプレゼンテーションを大量に配信しているところもある。面白くてためになるブログも沢山ある。

しかし、そもそも私たちはそうした情報を欲していたのだろうか。難しい問題だ。猫動画で癒されることも時には必要だろう。ネタスレから新しい発想を得ることもある。いまは役立たないTEDの動画でも、そこで得た情報がいつか役立つ時が来るかもしれない。それでも、流れてくる大量の情報に身を任せているだけでは、私たちの時間はどんどん失われ、知り得る情報はどんどん偏っていく。情報を食べ物と考えたとき、私たちは過食と偏食の危機に直面していると言える。なぜこうなってしまったのだろう。

ソーシャルの罠

ブログやTwitter、Facebookといったソーシャルメディアは個人に情報発信する力を与えた。おかげで私たちは、マスメディア中心に情報が流通していた時代よりも、はるかに多くの、多様な情報に触れられるようになった。問題は、私たちが多様な情報に触れようとしているかである。インターネット黎明期と異なり、私たちはもはや新しいウェブサイトを積極的に開拓したりしない。いつも見ているサイトを巡回し、Twitterのタイムラインを追うだけで時間は足りなくなってしまう。曲がり角の先ではもっと面白いことが始まっているかもしれないのに、もはや曲がり角を覗く時間が残されていないのだ。

そうすると結局、私たちは特定のマスメディアから、特定のソーシャルメディアに情報源を切り替えつつあるだけではないだろうか。私たちが得る情報は本当に多様になっているのかさえ疑わしい。新聞やテレビが大勢から中立性を問われる立場にあり、Twitterでは中立性など考えたこともないような人達が情報を発信していることを考えれば、むしろ多様性は狭まっているかもしれない。

フリーの罠

インターネットには多くの情報が無料で公開されている。しかし、Googleといえども、そうした情報を整理できていない。検索してもなかなか見つからない情報はたくさんあるし、そもそもインターネットにない情報だって大量にある。反面、日本にはたくさんの新書があって、特定分野の情報がコンパクトにまとまっている。それなのに私たちは無料の情報に慣れてしまって、なかなか情報に対価を払おうとしない。まず本屋に行けば良かった、誰か知っている人に聞けば良かった、と思うことはあっても、一度Googleと向かい合いはじめると、なかなかそこから抜けられない。結局、新書と同じレベルの情報を探すのに、平気で数時間をかけたりする。xkcdが言うところの、最低賃金以下での時間浪費である。

(もしあなたが1ドルのために9分を費やすなら、あなたは最低賃金以下で働いている)

無料であることで、情報の取捨選択に甘くなるという恐れもある。どうせ無料なのだから目を通してしまおうというわけだ。「今から一時間Wikipediaを見せ続けられる実験」に参加したいかと言われれば、普通の人は断わるだろう。それなのに、ぼんやり一時間Wikipediaを読んで時間を浪費してしまう人は少なくない。望むなら、これからの一生をYouTubeの猫動画を見て暮らすことだってできる。なにしろ無料だし、毎日どんどん増えているのだから。 

パーソナライズの罠

悪いことに、ネットメディアは私たちをますますインターネット漬けにしようとしている。インターネットとの接触時間が、彼らの広告収益に直結するからだ。GoogleやFacebookは私たちの好みを理解して、ページにどのような情報を載せるべきかを判断している。それは私たちが好みそうな情報である。私たちは自分たちで意識するより前に、すでに偏った情報を入手している。イーライ・パリザーがTEDで行った『危険なインターネット上の「フィルターに囲まれた世界」』という講演は、この問題を簡潔に紹介している。

たとえば、いつも経済ニュースばかり気にしている人でも、あるとき突然、政治の動向を気にするようになるかもしれない。しかしGoogleやFacebookが「政治に関心なし」と判断してしまえば、政治のニュースはそもそもあまり表示されなくなる。私たちは自分自身を多様化する機会を失う。良薬は口に苦しというが、ネットメディアは私たちに飴を差し出し続けるのである。

ネットの力に囚われない

スマートフォンやタブレットなど、手軽に操作できる端末が普及して、私たちはますますインターネットの漬けになっている。これからもソーシャルメディアからは、あるいはパーソナライズされたネットメディアからは、楽しくて好みのフリーな情報が次々と届き続けるだろう。しかし公正で多様な情報を欲するのであれば、そうした情報と距離を置くことも必要である。ソーシャルメディアやネットメディアの速報性や拡散性がどれほど強力であるかは、私たちはもう十分に理解している。その力に、私たち自身が囚われないようにしなければならない。

考えられるアイデア:

  • 私たちは公正な情報をかつてないほど欲している。Ustreamなどでの発表会やイベントの中継が人気を集めるのは、ただライブ感が求められているだけではなく、それだけ編集を介さない、一次情報に触れたいという人達が多いということだろう。だとすれば、いかに素の情報を素で届けるか、どう素のままで要約するかが、これからのメディアに求められる機能になる。
  • 様々なメディアを比較することで公正さを導出するという方法もある。日経・朝日・読売の「あらたにす」は終了してしまうが、さらに大規模なニュース比較サービスには大きな需要があるのではないか。
  • 情報のダイエット、断食というような試みはすでに色々ある。今後はセミナーなども盛んに行われるようになるだろう。だからネットメディアは駄目なんだ、というような一方的な批判も再興するかもしれない。しかし重要なのはバランスである。LeechBlockのように、ブラウザの利用時間を制限する仕組みは、標準化されてもおかしくない。
  • 英国の高級紙The Economistは、この不況下でも売上を伸ばしているという。The Economistは週刊紙として「これだけは知っておけ」という情報を示している。今のネットメディアはあれもこれもと情報を押し付けるが、今後は節制したメディアから受け入れられるようになるかもしれない。
  • 機械的なリコメンデーションの中に意外性をどう含ませるかというのは、エージェント界隈では昔からある課題である。案外、GoogleやFacebookが「偏っていると疑われない程度には公正」に様々な情報を表示するアルゴリズムを開発してしまうのかもしれない。

関連情報:

写真:Steve Keys

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