採用の話

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Photo by Steve Wilson

(とりとめもない長文を書く練習、画像に意味はない)

去年の一年間でX人の面接を担当しましたね、と年の暮れに採用担当から告げられ、そのことを今になっても反芻している。

私はどちらかというと自信過剰だが、面接というのはどれだけ数をこなしても、正解が見えない。採用した人が正解だったかは、判断するのに長い時間がかかる(そして突然、これまでの判断が間違いだったと気付くこともある)。採用しなかった人を採用したらどのような活躍を見せたかは、平行世界を覗かない限り知ることはできない。それは答え合わせのできない問題である。

一方で、すでに多くの人が面接や採用基準について語っている。いわく、単純に仕事を遂行する能力こそが重要である。あるいは、頭が良ければ経験は後からついてくる。自分より優秀な人を採用しろ、この業種には特殊な才能が必要である、この業種はすでに人脈を築いていることが不可欠である、など。仕事に合わせて適材適所が重要だ、良い人間さえ集まればそこから仕事が生まれてくる、人柄で仕事をするわけではない、友達になれない人間は採用すべきではない、など。

よく言われる話として、人は自然と自分に似た人を採用してしまう。しかし良いチームを作るためには多様性が必要だという。もっとも、これにも諸説ある。そもそも、面接の結果が、そのあとの仕事ぶりに相関はない、というような話もある。ぶち壊しである。

そして現実には、どのような採用にも限られた枠があり、いつまでに何人が欲しいというタイムラインもある。にわかには単純化しがたいが、その反面で「この人は絶対に採用したい」あるいは「この人とは絶対に働けない」といった直感が時に働くことも事実である。そしてその直感は時に間違っていたりする。

面白いのは、面接の判断基準が多様なのと同じくらい、面接に取り組むアプローチも多様だということである。ある人は自分を大きく見せたがり、ある人は謙遜を繰り返す。ある人は人脈を一番にアピールし、ある人は経験がないからこそ新しいことが出来ると主張する。ある人はこれまでの業績を語り、ある人はこちらのことを調べあげて、今から何が出来るかを説く。

個人的には、ブログ読んでいます、と言われるのが私には一番のプレッシャーである。だが、こうしたアプローチにも正解はない。

しかし一つ確かなのは、実際の仕事は面接で様々な質問に回答するよりも難しいということである。面接のように口を動かすだけで終わる仕事はない。すくなくとも私が面接する環境では。

特に私の働くオンライン広告業界では、広告の良し悪しというものが、どんどん可視化されるようになってきている。100万円の広告をネットメディアに投入したとき、その投資効果がどれだけあったのか、ROIは何倍なのか、ということが業種や業態によってはだいぶ明らかになりつつある。あのメディアにはこういう特性があり、あっちのメディアはこっちのメディアより概してROIが悪い、ということにマーケッターが気付きつつある。

そうすると、オンライン広告とはもはや工学、エンジニアリングの世界である。ニュースでは様々なバズワードが踊るが、実際に広告業界でお金を動かすのは、そうしたマーケティングトレンドに左右されず、冷淡にROIを計算できる人間ということになる。だから私は実際に手を動かすことができそうな人を好む傾向にあるし、話のうますぎる人を敬遠する傾向にある。

そして、私が工学部出身ということを鑑みると、これはまさに「自分に似た人を採用する罠」なのである。

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